1878年 |
東京市小石川にて有島家の長男として生まれる。 |
1896年 |
学習院中等科卒業後、農学者を目指し札幌農学校予科5年級に編入学。 |
1901年 |
札幌農学校本科を卒業。 |
1903年 |
アメリカ・ハヴァフオード大学・ハーバード大学に留学。 |
1907年 |
帰国し東北帝国大学農科講師となる。 |
1909年 |
神尾安子と結婚。 |
1910年 |
弟・生馬を通じて志賀直哉・武者小路実篤らと知り合い同人誌「白樺」を創刊。同誌に『かんかん虫』『お末の死』を発表。
【小説家としてデビュー】 |
1913年 |
札幌永住を期して札幌市に新居を建て移住するも、妻・安子の病気により翌年に転居。 |
1916年 |
妻・安子が肺結核で病死。
この頃から本格的な作家活動を開始する。 |
1917年 |
7月、文芸誌「新小説」に『カインの末裔』を発表。 |
1918年 |
「東京日日新聞」「大阪日日新聞」に『生れ出づる悩み』を連載。 |
1919年 |
「白樺」に『或る女』(原題・『或る女のグリンプス』)を連載。
その際、後篇の執筆のため円覚寺塔頭松嶺院に滞在。 |
1922年 |
創作力に衰えが見えたため絶筆。
北海道狩太村(現・虻田郡ニセコ町)に「有島農場」を開放。 |
1923年 |
女性誌「婦人公論」記者・波多野秋子と知り合い恋愛関係に陥るが、秋子の夫・波多野春房に責められ2人で失踪。6月9日、軽井沢にある武郎の別荘「浄月荘」で首吊り心中を図った。梅雨の時期に1ヶ月放置された状態で死体が発見されたため、腐乱がすすんでいた。 |