1897年 |
横浜市英町にて生まれる。 |
1916年 |
一高の寮生活をまとめた小説『一高ロマンス』を発表。
【小説家としてデビュー】 |
1919年 |
3月、円覚寺塔頭に籠る有島武郎と汽車に乗り合わせ鎌倉へ行く。 |
1921年 |
東京帝国大学法科大学政治学科卒業。
原田登里と結婚。
鎌倉市長谷に転居。(~1922年) |
1922年 |
鎌倉市大町に転居。(~1929年) |
1923年 |
大町の自邸で関東大震災を被災。 |
1924年 |
初めて「大佛次郎」名義で小説『隼の源次』を発表。
『鞍馬天狗』シリーズが人気作品となる。 |
1927年 |
「東京日日新聞」に『赤穂浪士』を連載。 |
1929年 |
鎌倉市雪ノ下に転居。(~1945年) |
1942年 |
大政翼賛会の支部として「鎌倉文化聯盟」を結成。文学部長に就任。 |
1945年 |
「鎌倉文庫」が開店。自らの蔵書を提供。
鎌倉市長谷に転居。(~1949年) |
1946年 |
雑誌「学生」の主筆となり、随筆『鎌倉通信』を連載。 |
1950年 |
『帰郷』が日本芸術院賞小説戯曲部門を受賞。 |
1960年 |
日本芸術院会員となる。 |
1961年 |
第10回神奈川文化賞文学部門を受賞。 |
1964年 |
『パリ燃ゆ』で朝日賞文学部門を受賞。
鎌倉・鶴岡八幡宮裏山「御谷」の景観保持運動に参加。 |
1967年 |
大佛次郎の古希、里見弴の傘寿を祝う野球の試合が御成小学校校庭で行われ、川端康成が応援する。 |
1969年 |
『三姉妹』などの創作活動に対して第17回菊池寛賞を受賞。 |
1973年 |
東京・国立がんセンターにて転移性肝臓癌のため没。 |