米原 万里
本 名 米原万里(よねはら・まり)
生年月日 1950年(昭和25年)4月29日
没年月日 2006年(平成18年)5月25日
親 族 米原 昶(よねはら・いたる)【父】衆議院議員・共産党代議士
井上ひさし(いのうえ・ひさし)【義弟・妹の夫】小説家・脚本家
来 歴
1950年 東京都大田区大岡山にて米原家の長女として生まれる。
1971年 4月、東京外国語大学外国語学部ロシア語学科入学。
この頃に日本共産党入党。
1975年 3月、東京外国語大学外国語学部ロシア語学科卒業。
4月、出版社「汐文社」に入社。
1976年 3月、「汐文社」を退社。
4月、東京大学大学院人文科学研究科露語露文学専攻修士課程に進学。
1978年 3月、東京大学大学院人文科学研究科露語露文学専攻修士課程を修了。
1980年 「ロシア語通訳協会」初代事務局長に就任。
1986年 児童書『マイナス50℃の世界 寒極の生活』を発表。
【小説家としてデビュー】
1990年 来日したソビエト連邦最高会議のボリス・エリツィン議員の随行通訳を務める。
1992年 1991年度日本女性放送懇談会賞を受賞。
1995年 『不実な美女か貞淑な醜女か』で第46回読売文学賞随筆・紀行賞を受賞。
1997年 『魔女の1ダース』で第13回講談社エッセイ賞を受賞。
2000年 鎌倉市佐助に転居(~2006年)。
2002年 『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』で第33回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
2003年 『オリガ・モリゾウナの反語法』で第13回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。
2006年 鎌倉市の自宅にて卵巣ガンのため病没。
墓 所 浄光明寺
 鎌倉が舞台となる著作
なし