| 1886年 |
東京芝区高輪にて吉井家次男として生まれる。 |
| 1897年 |
幼少期に鎌倉・材木座の別荘にて母子で暮らし、鎌倉師範学校に通う。 |
| 1900年 |
芝の本邸に転居し東京府立第一中学校に入学するも落第し、日本中学・攻玉社と転校を繰り返す。 |
| 1904年 |
攻玉社を卒業。胸膜炎を患い材木座の別荘で療養。
「新詩社」の同人となり北原白秋らと文芸誌『明星』に歌を発表。
【歌人としてデビュー】 |
| 1908年 |
早稲田大学文学科高等予科に入学するも中退。 |
| 1909年 |
文芸誌「スバル」に戯曲『午後三時』を発表。
【作家としてデビュー】 |
| 1913年 |
鎌倉・坂ノ下に転居。(~1914) |
| 1915年 |
歌謡曲『ゴンドラの唄』の作詞を手掛ける。 |
| 1919年 |
里見弴・久米正雄・田中純らと文芸誌「人間」を創刊。 |
| 1934年 |
父からの負債や家庭内不和に苦しみ、土佐・猪野々にて隠棲する。 |
| 1945年 |
京都の自宅で空襲を受け富山県婦負郡八尾町に疎開。 |
| 1948年 |
日本芸術院会員となる。 |
| 1960年 |
京都市にて胃癌から転移した肺癌のため没。 |